強引ドクターの蜜恋処方箋
敬吾くんはゆっくりと続けた。

「でもさ、僕が大人になるまで待てなかったら、松井先生となら結婚してもいいよ」

「なにそれ~」

笑いながら答えるも、雄馬さんと結婚?

急にそんなことを振られて、敬吾くん相手に動揺していた。

結婚なんてまだ考えもしなかった。

私にはもったいないくらい素敵な雄馬さん。

今の状況ですら夢みたいなのに、結婚だなんて・・・。

顔が熱くなって思わず自分の頬に手の平を当てた。

「松井先生と結婚するのは嫌?」

黙ったままの私に敬吾くんが妙に真面目な顔で尋ねてきた。

「え?嫌じゃないわよ」

「じゃ、結婚したらいいのに」

「だからってどうして結婚しなくちゃならないの?」

「だって、2人はお似合いだもん」

「お似合い?」

お似合い?

まさか付き合ってるなんて敬吾くんに言えるはずもなく、うまく話も反らせなくて顔が火照ったままうつむいた。

「だって、似てるんだもん、松井先生と南川さんて。なんていうか、僕に話してくれることとか。松井先生も南川さんもそばにいたら、なんだか元気になってくるんだ」

「そう・・・?」

似てる?

雄馬さんと?

でも、そんな風に感じてくれてるっていうのは素直に嬉しかった。

「じゃ、松井先生が結婚してもいいよって言ってくれたら結婚しようかな」

私は敬吾くんに笑いかけた。

敬吾くんは「うん、結婚式には絶対行くよ!」と目をキラキラさせて言った。

私は笑顔で頷いた。

「そのためにも、早く元気にならなくちゃね」

敬吾くんの小さな手をそっと握った。

その小さな手も、必死に私の手を握り返してくる。

敬吾くんの引き継ぎ書を作成し、そろそろ実習最後の仕事を片づけて更衣室に戻ろうとした時だった。

雄馬さんが敬吾くんの病状の確認にナースセンターにやってきた。

「南川さん」

デスクの整理をしていた私の横に体を寄せて立った。

「今日は、敬吾くんのケアありがとう」

雄馬さんデスクの書類を手にとりながら静かに言った。

私は敬吾くんの引き継ぎ書をめくって雄馬さんに見せながら今日の経過報告をする。

「お熱は午前中から随分下がりました。血圧も呼吸も安定してきています」

「そうか。それはよかった。新しい抗生剤効いたんだな」

私は書類に目を落としたまま頷いた。

「このままの治療を続行しよう」

「はい」

私は雄馬さんの言葉を書類に記入した。

「ゆうまー!」

その時、明るい声で峰岸先生がセンターに入ってきた。

「オペ長時間だったみたいだね。お疲れさま」

雄馬さんは峰岸先生に軽く会釈をした。

「今日は確かに長かったわね」

そう言いながら、峰岸先生は白衣を脱いでそばにあった椅子の後ろにかけた。

白衣の中は、オペ後だったからかブルーのユニフォーム姿のままだった。

峰岸先生の色の白さがブルーで一層引き立って、いつもより艶っぽく見える。

「でもオペは大成功。ホッとしたわ」

「そうか。そりゃよかった」

「で、敬吾くんはその後どう?」

峰岸先生はそう言うと、後ろに結わえた髪を外しながら私達の方へ颯爽と歩いてきた。

雄馬さんが峰岸先生に引き継ぎ書を見せながら経過報告をする。

2人の横顔が重なる。

時々2人は目を合わせて真剣な顔で頷きながら意見を交換していた。

私にはとても入れない空気が2人の間にあった。

そのやりとりを見ながら、自分がとても惨めに思えてきて息苦しい。

私は自分の荷物を一つにまとめると、

「じゃ、私はこれで。お先に失礼します」

と言って一礼し、逃げるようにセンターを後にした。

「ちょっと、みなみ・・・」

後ろで雄馬さんの呼び止める声が聞こえたけれど、振り返ることができなかった。


私の初めての臨地実習は終わった。

胸に鈍い痛みを残したまま。


実習が終わった日、夜遅く帰って来た雄馬さんと久しぶりにソファーに並んで座っていた。

「実習お疲れさま。小児科はかなりハードだっただろうけど、チナツはよく乗り切ったよ」

そう言いながら、雄馬さんはビールの缶を開けて私に手渡してくれた。

「はい、雄馬さんにも色々と助けてもらったから。本当にありがとうございました」

「あと、敬吾のことも。あれから、夜も熱が上がらずだった。この調子だと来週にでも退院できそうだ」

「きっと雄馬さんが昨晩考えた新しい治療が功を奏したんだわ。敬吾くん、早く学校に戻れるといいな」

「ああ、そうだな。体調が戻ればすぐにでも戻れるさ」

敬吾くんの経過が順調なようでホッとした。

彼も穏やかな表情で自分のビールに口をつけた。

「あとさ、敬吾がチナツのこと言ってたよ。大きくなったらチナツと結婚するんだって?」

雄馬さんは笑いながらおつまみのチーズをかじる。

え。

まさか、その後の話までしゃべってないでしょうね!

雄馬さんの笑い声を聞きながらドキドキしてきた。

「それに、俺とチナツがお似合いだって?」

あ・・・。どこまで話したんだろ。

ドキドキする。

「敬吾の奴に、結婚すればいいのにって言われたよ」

そう言った彼の声が少し緊張したように聞こえた。

なんだかそれ以上、聞きたくないような聞きたいような。

でも、聞くのは恐かったから黙っていた。

「とにかく、あんなに敬吾が元気になったのは、チナツのおかげだと思う。チナツの手が敬吾の心と体を落ち着けたみたいだ」

「私は何も・・・。だけど敬吾くんの経過が良くて安心しました」

雄馬さんはビールをテーブルに置くと、軽く咳払いした。

少しの沈黙の後、

「今日、ナースセンターで会ったチナツ、何だかいつもと違うような気がしたんだけど。俺と全然目を合わそうとしないし。何か気になってる事があるなら言ってほしい」

峰岸先生と自分を比べて自信がなくなってた。

朝まで雄馬さんと二人きりでいた峰岸先生に嫉妬してた。

2人があまりにもお似合いで惨めになっていた。

だけど、そんなこと言えるはずもない。

だって、敬吾くんのために二人は一生懸命だっただけなのに。

そんなことわかってるのに、自分の心のもやもやがどんどん雪だるまのように膨らんでいく。       





< 82 / 114 >

この作品をシェア

pagetop