強引ドクターの蜜恋処方箋
あの温泉旅行から戻った後、またいつもの忙しい日々が始まっていた。

雄馬さんは相変わらず夜遅く帰り、朝は日が昇らないうちに出て行った。

私も看護学校での勉強に毎日遅くまでがんばっている。

顔を合わす時間は前にも増して少なくなったけれど、以前のような不安は私にはなくなっていた。

会えない時間も、ずっと雄馬さんと繋がっているような気持ちでいられたから。


短い夏が終わり、秋が過ぎ、夜は厚手のコートが必要な季節が訪れていた。

雄馬さんは小児科から外科に移った。

毎日のようにオペに立ち会っているからか、オペ前の夜はいつも張り詰めた表情で文献を読みふけっている。

「明日もオペがあるんですか?」

ソファーに座って文献を読んでいる雄馬さんにコーヒーを手渡した。

「ああ、明日はちょっと難しいオペで長時間になると思う」

「大変ですね。でも、雄馬さんはタフだから大丈夫でしょ」

「タフ?こう見えて俺も必死なんだけど」

雄馬さんは私を軽く睨んで笑うとコーヒーを飲んだ。

「そういえば、チナツのお母さんはその後どう?こないだ手紙が届いてたみたいだけど」

「ええ、治療に専念してるみたい。日本にはないいいお薬があって効果が出てるって書いてありました」

「そうか。それはよかったね。その薬、早く日本でも許可がおりればいいのにな。そうすれば、チナツもお母さんのそばにいつもいられる」

「そうですね」

母からは時々手紙が届いたけれど、実際顔を合わせていないとやはり心配だった。

その時、私のスマホが鳴る。

見慣れない番号だ。

「もしもし」

『水谷だけど。チナツちゃん?』

「ええ!水谷先生?」

オーストラリアにいるはずの水谷先生からの電話だった。

横で雄馬も目を大きく見開いて驚いた顔をしていた。

『実は、今日本に帰ってきてるんだ。向こうを発つ前に連絡しようと思ったんだが、急なことで間に合わずごめんよ』

「今、どこにいらっしゃるんですか?」

『長野のホテルだ。今日はこっちで学会があってね。明後日には東京に向かう予定だ』

「えー、そうなんですか!母は?」

『一緒に来てるよ。今僕の横にいて、代わってと言ってる。早速代わるね』

水谷先生は笑いながら母と代わった。

まさか、母まで来てるなんて!

『チナツ-!驚かせてごめんね。元気だった?』

「お母さん、こっちに来てて大丈夫なの?びっくりだわ。夢みたい」

『手紙にも書いてたと思うけど、向こうの治療がうまくいってね。今はもう普通に生活もできるし、こうやって帰国することもできちゃった。水谷先生が明後日T大学病院で研究論文の発表があるの。会いたいわ。チナツと雄馬くんに』

まさか、雄馬さんが今私の横に座ってるなんて思いもしないだろう。

雄馬さんと目を合わせてくすりと笑った。

「わかった。明後日ね。雄馬さんにも伝えておくわ」

『明日また連絡入れるから、詳しいこと決めましょう。・・・チナツ?』

「ん?」

『あなた、いい恋してそうね。声がキラキラしてる』

雄馬さんは私の肩に腕を回したまま、優しく私の髪を撫でていた。

「ええ、とっても」

そう言いながらその腕にそっと触れた。

『よかったわ。雄馬くんによろしく伝えてね』

電話を切ると、雄馬さんが「驚いたな」と言って持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。

「ほんと、びっくりだわ。でも嬉しい。明後日、私達に会いたいって。雄馬さんは大丈夫?」

「なんとかするよ。僕もチナツのお母さんにはきちんと挨拶しておかないと。こうやってもう一緒に住んでるんだからね」

「うん」

母もきっと驚くに違いない。

胸の辺りがホクホクとしていた。元気そうな母の声。

まさかこんなに早く元気な母に会えるなんて。

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