準備は万端【短編】
あたしは床にぺたんと座り込んで、めまぐるしいスピードで切り替わるテレビの画面をぼんやり眺めた。

たたかう、たたかう、じゅもん、どうぐ、やくそう。スライムがあらわれた。たたかうたたかう。

レベルが1あがった! じゅもんをおぼえた!


「約束したよね? 前のとき」

この前は、なんのソフトだったろうか。

ようやく見つけたビール配達のバイトをわずか2週間でやめて、ゲームをクリアするまで部屋にこもりっぱなしだった圭に、あたしは泣きながら訴えた。

今度こんなことがあったらそのときは別れると。

もうぜったいに許さないと。


この悪癖さえなければ、圭はやさしくて素敵な恋人だった。

女の子みたいな顔をしていて、まだ二十代前半でも通るんじゃないかってぐらい若く見える。

センスが良くて、料理もうまい。

笑いのツボも合う。

職についているときは真面目に働き、あたしが仕事で忙しくしてるときはすすんで家事もしてくれる。


でもそれって、ヒモ男っぽくないか?

あるときふと気づいて、あたしは不安になった。

実際のところ、圭はほとんどヒモ状態といっても過言ではなかった。

家賃はおろか、生活費すら入れてくれない。

彼が負担するのは、ゲーム代と煙草代とゲームをするときに必要な自分の食費だけ。

ふたりで外に食事に行くときは、決まってラーメン屋か牛丼屋で、しかもワリカン。

小遣いを要求しないだけまだマシだけれど。

でも、これならただのヒモのほうがまだマシだったかもしれないと思う。

ゲームに熱中している最中の彼は、家事もしないであたしの部屋に住み着いてるゴキブリのようなものだ。

一日中、エアコンをつけっぱなしにしているから、電気代の請求書が届くたびにあたしは悲鳴をあげた。

電気をくわないだけ、まだゴキブリのほうがマシかもしれない。


< 5 / 12 >

この作品をシェア

pagetop