死なないヒト
トラムは酒を一口、口に含んだ。そして、グラスに映る宇宙を見つめた。
「取るのか…。」
ゲイトは悲しげな顔をした。それを見て、トラムは笑った。
「そんな顔をするな。ちょっと、寿命が長くなって、戦いの道具になるだけだ。生産される兵士なんて、面白いだろう?しかし、俺は俺のままだ。初めての死までの間は。」
「決めたんだな。」
ゲイトは苦笑した。彼はもうトラムを説得できない事を悟った。
「ああ。自分でもおかしいと思っているよ。死を放棄するなんてずるい奴だよ、俺は。」
「ずるいか…。ずるくなんか無いさ。お前はあの汚い星をずっと守る為に戦うんだろう?お前にとって、愛する人に棺である、あの星をずっと遠い未来まで守るんだ。ずるいとは言わないさ。」
ゲイトはそう言うと、グラスの酒を一気に飲んだ。
「この頃やっと、俺は自分が恐れているものが分かったんだ。」
トラムはグラスを揺らした。中の氷が澄んだ音を放った。
「恐れているもの?特攻隊長のお前がか?」
ゲイトは驚いた。トラムは戦闘において、いつも無茶ばかりしていた。そして、それを要求されていた。
「歳を取ると分かってくる事が多い。」
「歳ったって、30歳になったばかりだろ?で、恐れるものっていうのは?」
ゲイトは空になったグラスに酒を注いだ。
「何があるか分からないって事だ。若い頃…唯の一つの駒だった頃は、無茶をやれたし、何も怖くなかった。経験を積み重ね、仲間ができ、リーダーになった。俺は駒から指し手になった。他人の命を預かって、初めて恐れが出来た。仲間を死地に送らなければならない。そして、仲間の死の確率を低くする為に、不確定要素を減らさなければならない。それを通して、俺はやっと、気付いたんだ。恐れているものを。」
「お前はいい隊長だよ。お前だったから、皆ついて来たし、誰も死ななかった。」