死なないヒト
アダムの契約
ゲイトは久し振りの休暇を楽しんでいた。
休暇と言っても1週間の待機命令だった。どこかに旅行に行くわけにも行かず、こうして基地内をぶらぶらするしかなかった。
「ゲイト!休みだってな。」
衛生兵の男が声をかけてきた。衛生兵は他の兵よりも長生きらしく、その男とはゲイトが軍に入ってからの付き合いだった。
「休みって言ったって、待機だ。しかも、隊長が入院する間だけだ。」
ゲイトは苦笑した。ゲイトの上司トラムがクローン権を取得し、入院する事になった。クローン権を取得した人間が一番初めにする事は、自分の遺伝子の記録だった。記録した遺伝子でその人間が死亡した後、再生するのだ。今回は、その為の入院だった。
「ああ、クローンの件か。」
「そうだ。」
ゲイトが答えると、男は手で挨拶し、再び仕事に戻っていった。
その頃、トラムは施設の中でうんざりしていた。
遺伝子サンプルの採取と記憶の転写はクローンになるために必要だった。少しの時間ですむと思っていたのが、1週間もかかるというのだ。人間の記録というものは、意外と時間が掛かるものらしい。しかし、そう思っていたのは入院して数日の間だった。
周りの者が退院するにもかかわらず、何故かトラムだけは残された。その間、皆がしない身体、能力の測定を受けさされた。
残る1日はガイダンスだった。トラムはガイダンスまでの間、施設内のカフェで暇つぶしをする事にした。雑誌があったが、入院の間、全て読破していたトラムは、残った施設案内のパンフレットを読む事にした。
「あらあら、ご機嫌斜めのようね。」
座って施設の外を見ていたトラムに、一人の老女が声をかけてきた。時々、施設の中では見かけた事があったが、声をかけられたのは、初めてだった。彼女は車椅子で移動し、常に点滴と人工呼吸器をつけていた。この施設は、クローン専用施設で、治療機関ではないはずだった。本当の入院患者のような彼女は、この施設にそぐわなかった。