死なないヒト
「あんたは?」
トラムは聞いた。トラムはこの老女が只者ではない事を感じていた。トラムは勘には自信があった。今にも死にそうな老女なのに、その生命力に圧倒される。その相反するものは奇妙な感覚をトラムに与えていた。
「マアアートというの。あなたはネイト・トラムね?」
彼女は目を細めて言った。
「ああ。」
ネイトの答えに満足げに老女は頷いた。
「私はクローン研究をしているの。ずいぶん昔からね。クローン法を作り、クローンを管理、再生しするのが仕事なの。」
老女はまるで子供に言い聞かせるように語った。
「ドクター・マアアート。クローン研究の第一人者。そして、クローン法を成立させた一人。その人物が何故、軍用クローンの俺に?」
トラムが今読んでいる、パンフレットで知った知識を披露した。
「話が早いわ。」
マアアートは微笑んだ。彼女はトラムの横に来て、外を見た。人工の太陽が丁度、天頂に来ていた。
「貴方にお願いをしに来たの。私の研究を手伝って欲しい。」
マアアートの顔から笑みが消え、目は強い意志を宿していた。
「手伝う?」
トラムは老女の目的が分からなかった。ただ、単純なものではない事は確かだった。
「いま、クローンで問題になっているのは、記憶の問題。記憶は外部に保存され、クローン再生された後、空っぽの頭に記憶を入れられる。全ての記憶をコピーされた人間は、オリジナルと全く同じ人間ではないの。人格が変わったり、能力を発揮できなかったりする事例が多いの。しかも、人が一生かかかって得た経験は受け継ぐ事ができない。そこで、私はクローン自体の遺伝子をデザインする事にしたの。」
マアアートはにっこり微笑んだ。まるで、夢見る少女のように。