死なないヒト
「意味がわかんないけど、続けて。」
そう言って、彼女を促した。トラムは何かに巻き込まれようとしているのに気付いた。
「遺伝子の多くはジャンクなの。その中に、記憶と経験を本能として書き込むの。そして寿命、身体能力、全てを高めるよう遺伝子をデザインしたクローンを作りたいの。」
「…。ねえ、それって、人間?」
トラムが聞くと、彼女は笑った。
「さあ?ただ、ホモ・サピエンスではなくなるわね。人類の新しい種になるかも。」
「で、その事に俺を巻き込もうとしてる?」
トラムは横目でマアアートを見た。
「私がクローンを選択せずに脳の移植と延命治療をしてるのは、私が100年以上掛けて得た知識と経験を全て保存し、完璧に再生する事が無いからなのよ。この技術が完成すれば、真のクローン再生が出来る。そこで、実験が必要なの。軍用クローンは他のクローンより再生回数が多い上に検証もしやすいわ。都合がいいの。」
マアアートは期待した目でトラムを見つめていた。
「死ぬの期待してるんだ…。」
「そうも言えるわね。」
呆れて言ったトラムを横目に、彼女は感心したように答えた。
「何故、俺を?他にも軍用クローンはいたはずだ。」
「あなたは優秀だからよ。能力的にも、遺伝子的にも。マイナス因子の遺伝子を持たない人間なんてざらにいないわ。」
彼女は絶対、自分を逃がしてくれそうになかった。彼女は地位も名誉も持っている。彼女は持てる手段を駆使して、自分を捕まえるだろう。
「拒否は出来ないんだろ?」
トラムはため息をついた。
「ええ。でも、安心して。貴方が存命中は何もしない。だから、始めの死は人間らしく死なせてあげるわ。」