まる さんかく しかく
まる
水玉
職場を出たとき、最後のお客さんが話していた通り、雪が降っていた。
フードの付いた厚手のコートが欲しいなと思いながら、なかなか気に入ったのが見つからなくて結局買えずじまい。
だから私は毎日傘を差して、雪をしのぐ。濡れないように。
いつものように、従業員専用の出入口を出てすぐに傘を開こうとした私は愕然とした。
「折れてる……?」
よくよくみると、正確には骨が曲がってた。
出勤のときは普通だったのに。
「げ。」
その部分に手で触れたら、ぽきって簡単に折れた。
もうダメだ。諦めよう。
家まで歩いて二十五分、雪の粒はかなりでかいけども。
水玉模様が可愛いくて愛用してけど、所詮ビニール傘。壊れやすいとわかっていたのに、いつまでも頼るんじゃなかったな。
「ふぅ……寒」
コートのポケットに両手を突っ込むと、その腕に使い物にならない傘をぶら提げる。
そして一瞬だけ空を仰いでから、私は歩き出した。
髪はすぐに濡れる。
伸ばしっぱなしで、ずっと美容院に行かなきゃって思ってるけど、なかなか実行に移せない。
新しい一歩を踏み出すことを、私は躊躇してしまう。
滑らないように足元に気を付けながらゆっくり歩いていると、背後から足早に歩いてきた人に追い越された。
「……使え。」
その人は私に傘を差し出して、代わりにダウンジャケットのフードを深く被った。
「ちゃんと髪、乾かせよ」
昔から、長い髪が好きだって言ってくれてたよね。
「……っ」
私は素直にその傘を受け取る。
別れるときも、こんな風に素直になれてたら、違う未来が待ってたのかな。
だなんて、未練がましく思っているうちに、立ち去った彼の後ろ姿を私は見つめた。
「また、ビニール傘か……」
手に入った、透明のビニール傘を、白い息を吐いて開いてみると。
いつもは邪険にしていた、大空から舞い落ちる雪が、まるでお気に入りだった傘の模様みたいに、藍色の空を水玉柄に染めた。
「ちょっと綺麗、かも」
次に買う傘は、透明にしよう。
壊れやすいけれど、無いよりはいい。まぁ、見通しもいいし。そして私も、前に進もう。もう姿すら見えなくなった、彼のように。
空を見上げながら、私はそう思った。
fin
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