昨日の夢の続きを話そう
「え、これ……」


近づいて、カップの中を覗いてみると、コーヒーや紅茶ではなく、スープだった。
薄い茶色のたぶん、野菜スープ。


「これ、メニューにあるんですか?」
「いや、ないです。サービスです」
「えっ」


驚いて店員さんを見ると、相手はぱちっと片目だけを器用に瞑って、ウインクみたいに笑った。

もしも今、こんな心境じゃなかったら、ときめいていたかもしれない……。
いや、こんなステキな男性を前にして、心を持ってかれない女性なんていないんじゃないかしら? なんて。
動揺してるからこそきっと、こういう別のことを私は冷静に思った。


「さ、座って。これ、けっこう食欲ないときでもいけると思うんで」
「は、はあ……」
「あったかいうちに、どうぞ」
「……」


なぜだか無性に導かれるように、私は素直に椅子に座った。
そのこがね色のスープは、おばあちゃんがときどき朝に作ってくれたポトフの色によく似ていた。

たまたま、具材も一緒だった。
じゃがいもと、ベーコンと、玉ねぎ。シンプルなスープ。

カップを両手で持って、一口啜ったら、涙がどんどん溢れてきた。シンプルだけど、とても深い味わいで、それになにより懐かしい香りがした。
心に仕舞っていた、かなしいことを詰めてキュッと固結びしていた巾着の紐を、頑なな心をまるで溶かすようなコクと、温かさがあって。

どうしよう……。
なんかよくわかんないんだけど、今けっこう心がやられてるからか、ぽたぽたぽたぽた簡単に泣けてくる。

ぽちゃん、とカップの中にまで、涙の雫が落下した。
私はそれをもう一度飲み込む。


「しょっぱくなっちゃった。はは……」


と、まだそばに立っている気配のある店員さんに、力なく笑ってみせたら、


「じゃあ、今度は塩分控えめにときますね」


と、彼は優しく言った。

心がぽかぽか温まって、そういう冗談を言い合えるような、余裕を取り戻せた。

スープがより綺麗な金色に見える。
視界を覆っていた真っ黒なセロファンが、剥がれたような気分だった。
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