昨日の夢の続きを話そう
「もう、帰って」
「香澄。でも俺たち、こういうことになって。ちゃんと、話してなかったから」


これまでの穏やかで、頼り甲斐があって、尊敬していた先生の面影がまるで皆無。
狼狽しているのが伝わってくる。


「俺、君のことは、本当に大事に思っ」
「私はもう、話すことはないから」
「香澄……」


先生は苦渋の表情で呟いた。

罪悪感と闘う必要は、もうないです、先生。


「鍵を置いて帰ってください」


毅然とした態度で、私は言い放った。

でも先生は帰ろうとせず、まだなにか言いたげに砂岡くんをちらちら見たりしている。
さすがに辟易としてきて、仁王立ちで溜め息のひとつでも吐きたい気分になったとき。


「オッサン、聞こえてます?」


砂岡くんのその一言は、どうやら先生に効いたらしい。

お、おっさん……。
たしかにまぁ、そうだけど。

先生は冷たい一言にカクンと頭を下げて、下駄箱の上に鍵を置いて出て行った。頷いたのか謝ったのか、よくわからない曖昧な動作だった。


「まあ、私も悪かったんだよね……」


台所に戻ると、ぐつぐつ煮込まれたホーローの鍋から湯気がのぼっていた。


「すごく先生に寄り掛かっちゃっててさ。辛いときに支えてもらってばっかりで、重たかったと思う。きっと先生も、気晴らしがしたかったと思うんだ」


ひとりで勝手に喋っていると、砂岡くんはコンロの火を止め、シンクに用意していた鍋と重ねたザルに出来立てのベジブロスをじゃーっと濾した。
一気にもくもくと湯気があがり、辺りが真っ白になる。
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