昨日の夢の続きを話そう
「いなくなるっていうのは花時計カフェを辞めるってことで、遠くに行くわけじゃないんだ」
「……へ?」
「祖父が遺したレストランを再開させるのが、俺の夢なんだけど」
「レストラン?」
「うん。海の近くにあって、地元の人に愛されてて。憩いの場だったんだ」


当時の光景が目に浮かんでるのだろう。
いきいきとした砂岡くんの目は、子どものように純粋に輝いている。


「俺もいつかじいちゃんみたいなシェフになりたくて、親父の反対を押し切って料理学校出たあとイタリアに修行に行ってたんだ。それで戻って来たんだけど、ちょうどその頃じいちゃんが病気で亡くなって、レストランは畳むことになって」


カップを口元まで近づけ、砂岡くんは芳しい香りを吸い込むように、深呼吸をした。


「一旦は親父の跡を継いでサンドヒルフーズで働こうと思ったんだけど、俺、やっぱ諦めきれなくて。小さい頃から大好きだったからさ。じいちゃんも、じいちゃんの店も。今リフォームしてるんだ。だいぶ古くて廃屋みたいだったからけっこう大掛かりで、その間、時間があるときは一番近いあの店舗でヘルプに入って働いてたってわけ。」


砂岡くんはコーヒーを一口啜った。
話し声を胸に馴染ませながら、私はじっと、彼の横顔を見ていた。

おぼっちゃま育ちなはずなのに、ひとりでなんでもてきぱきこなす行動力とか、接する人の心を温かくさせるさりげない思いやりとか。
生まれ持った優しさと、培った強さとを、彼はバランスよく持っている。その理由が、なんだかよくわかったような気がする。


「そうだったんだ……。いろいろと大変だったでしょう。良かったね、レストランを再開できそうで」
「うん。こないだブイヨン持ってたとき、再開のめどが立ったってことでお世話になった地元の人たちに手料理を振舞ってたんだ」
「ああ、あのとき。おじいさまも、きっと喜んでらっしゃるね」
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