一途な小説家の初恋独占契約
「ああ、ジョー・ラザフォード? 最近は、さすがに出が悪いけどね」
「あ……」

手にしたままだった『シークレットロマンス』に、力が籠もる。

「今週末、DVDと同時に文庫本も発売されますから、それでまた売れてくれるといいんですけど」
「文庫本は、明日納品と聞いてるよ。DVDと合わせて、棚作るから」
「ありがとうございます!」

勢いよく頭を下げる私に、生駒さんは苦笑する。

「窪田さんも、ジョー・ラザフォードみたいのが好きなの?」
「女性は、大体好きなんじゃないでしょうか」
「そうか」

生駒さんの左眉がクイッと上がる。
どこか面白くなさそうな様子に、意外に思う。

『シークレットロマンス』は、どこにでもいそうな大学生カップルの隠された秘密が次々と明らかになっていくという、ミステリー要素もある切ないラブストーリーだ。

世界中で大ヒットしたのだから、私が好きだと言っても、普通だと思うんだけど……。

もしかしたら、多くの男性のように、生駒さんも恋愛小説には一線を引いているのかもしれない。

「いいじゃない。かっこいいわよね」
「宮崎さん、お邪魔してます」

割って入ってきたのは、南北書店で長くパート勤務をしている宮崎さんだ。
翻訳小説を担当している。

できれば、一日中本から手を離したくないという本の虫の宮崎さんは、恋愛小説も大好きなのだ。
まだ小さい三人のお子さんを育てながら、気に入った話は、英語の原書まで読んでいるというから恐れ入る。

「宮崎さん、あの……かっこいいって?」

作品の感想としてよく聞かれるのは、「切ない」「感動した」「展開に驚いた」あたりで、「かっこいい」というのは、あまり聞いたことがない。

ヒーローが、かっこいいってことかな?

女性向け恋愛小説の常として、ヒーローは、もちろんかなりかっこよかった。
外見や言動がスマートなだけじゃなくて、度重なる困難に立ち向かっていくタフさに魅了された男性ファンも多いというのが、専らの評判だ。

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