一途な小説家の初恋独占契約
ぼんやりとそこに佇んでいたジョーに呟いた私の声は、雨の音に消されてもおかしくなかったはずなのに、ジョーは気づいてくれた。

私がジョーに気づいたのと同じように、私を待ってくれていたからだと思った。

「汐璃!? どうしたんだ、そんなに濡れて!」
「ジョーこそ……」

安心したら、涙腺が緩んでしまった。
ずぶ濡れの上、顔まで濡らし始めた私に、ジョーが一層慌てる。

「世界的なベストセラー作家のくせに、こんなところに隠れて……本当に、何やってるの? 心配したんだから!」

「ごめん……本当にごめん。こんなに濡れて……」

苦しげに呻きながらも、ジョーは暗がりから出ようとしない。

本当にジョーは……。
本当のジョーは……!

「本一冊で世界中を虜にしたくせに。写真一枚で日本中を熱狂に包んだくせに。本当のジョーは、こんなに不器用で、こんなにも情けなくて……」

ボロボロと涙を流す私に、ジョーが慌てる。

「いつも涙を拭いてくれたくせに! いつも勝手に抱き締めてきたくせに! なんで、こんなときに限ってそうしてくれないの? 本当に……本当にジョーは……」

顔を覆って泣きじゃくり始めた私に向かって一歩踏み出したものの、ジョーは力なく腕を下ろし、かたくなに距離を守った。

「本当にバカ! 私が諦めた夢まで大事にしてくれて! 私が諦めたのに、それでも守ろうとしてくれただなんて……全然私、分かってなかった……分かんないんだよ。言ってくれなきゃ、分かんない。だって、いつも教えてくれたじゃない。何でも手紙に書いてくれたのに、大事なことは書いてくれないし! 作家になったとか、こんなに素敵な大人になったとか……かっこいいことだけ書かないなんて、本当にずるいよ!」
「汐璃……」

うろたえるジョーは、苦しそうに首を横に振った。
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