一途な小説家の初恋独占契約
「つい最近まで、顔も性別も公表していなかったから、そう思っても不思議じゃないわ。女性向けの小説を書いているから、勘違いされた方が良いと思っていたんでしょうね。その取り組みはまんまと大成功」
「そんな……まさか、ジョーがジョー・ラザフォードだなんて……」
「騙すつもりじゃなかったんだけど……ごめん」

大柄の男性に、高い所から頭を下げられると、こちらの分が悪くなる気がする。

それに私は、昔からジョーに弱いのだ。

「怒ってないよ。驚いただけ」
「……良かった。お詫びなら、百万回でもするよ」

蕩けるような視線を送られ、ドキッと心臓が跳ねる。

中学3年生のときに会った華奢で気弱な少年と、目の前にいる大人の男の人が重なっては、またブレる。

すんなり受け止めきれない私を見抜くように、恐る恐る声をかけてきたのは、先輩社員の直島さんだった。
よくよく室内を見渡してみれば、秋穂と直島さんを始めとする第二編集部翻訳文芸課のメンバーが集まっているようだ。

「本当に、ラザフォード先生が、窪田の文通相手なんですか?」
「キミは?」
「編集部の直島と言います。さっき、名刺をお渡ししました」
「それは失礼」

悪びれた様子もなく、ジョーは私を伴い、会議室の奥へと悠々と戻っていく。

そういえば、私の腰から手を離さない……。

直島さんの名刺でも探すのかと思いきや、ジョーは自分のカバンを開き、中から何かを取り出した。

「あっ……」

それは、私の送った手紙だった。

つい最近送ったものを上にして、ジョーの大きな手でも掴みきれないほどの束だった。

ジョーが、その束を解く。
一番下からは、水色の地にイルカのイラストが入った封筒が出てきた。

忘れっこない。
おぼつかない筆致で、習い始めたばかりの英語を書いた、私からの最初の手紙だ。

「これは、ごくごく一部だけれどね」

それを私は、誰よりもよく知っている。

懐かしさと、ジョーがこうして大切に保管してくれたことの嬉しさに涙ぐむ私に対し、まだいぶかしむ人もいたのかもしれない。

ジョーは、テーブルに置かれていたメモパッドに、スラスラと何かを書きつけた。
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