一途な小説家の初恋独占契約
「……窪田さん。ラザフォード先生が作家だってことを知らなかったようだけれど、先生の作品は読んでるの?」
「はい。全作品、読んでます」
「『シークレットロマンス』シリーズの3作品ね?」
「いえ、全部です。確か……他に6作品ありますよね?」
「えっ!? 原書で読んだの?」
「はい。実は、自分が書いたってことを言わずに、ジョー先生から薦められていて。面白かったので、全部読んでいます」
「……だったら、話が早いわ」

テーブルに置いていた、マニキュアが綺麗に塗られた寺下部長の指が、ギュッと拳に握りこまれる。
隙なくメイクされた顔が、グッと近づいた。

「……窪田さん、あなたに特命をお願いしたい」
「えっ?」
「私たち清谷書房は、世界的なベストセラー作家ジョー・ラザフォードの全作品の日本語版を出版する権利が欲しいの。今回の来日中に、何としてもジョー・ラザフォード先生と独占契約を結べるよう、ラザフォード先生にお願いしてちょうだい」

寺下部長のあまりの迫力に、ゴクッと喉が鳴った。

直島さんが昨日話してくれたことだと、遅れて理解する。

上の人たちは、必死だって言っていた。
それだけ大きな仕事なのだ。

あまりの大役に、咄嗟に言葉が出ない。
縋るように前川部長を見ても、寺下部長と同じように険しい顔をして私に迫るばかりだ。

「契約って、作家さんのエージェントか、アメリカの出版社と交渉するんじゃないんですか?」
「ラザフォード先生の場合、日本側とはご本人が直接折衝するそうよ。出版社側の了承は得ているの。ジョー先生の意思に一任すると言われたわ」
「そうですか……」

ジョーなら、日本語に不自由しないから自分が表に出ても困らないだろうし、言葉が分かる分、日本語での出版に対して、こだわりが強いのかもしれない。

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