一途な小説家の初恋独占契約
「随分きれいにしているんだね」
「うん。ここは、ほとんど使ってないから」

畳へ上がり、窓を開ける。

住宅地だから、見えるのは他の家ばかりだ。
この家は高台にあり、横は切り立っているお蔭で、ここからの見晴らしは良い。

「おばあさんは、どの部屋を使ってるの? 1階の部屋も、あまり物がないように感じたけど」
「あ……っ」

声を上げた私に、ジョーが不思議そうな顔をする。
そういえば、タイミングを逃したきりだった。

「……言いそびれていたんだけど、おばあちゃんはここに住んでないの。今は、私の実家にいるから」
「えっ」

元々この家には、祖母が一人で暮らしていたのだけれど、その祖母が一年ほど前、体調を崩してしまった。

私の両親は仕事をしていて、入退院を繰り返す祖母の世話に、実家のある藤沢から通うことができなかった。
卒論とインターンに追われていた私も、大学受験を控えた妹もその役を負えない。
親戚も、近くにいない。

それで祖母は、何度目かの入院を機に、藤沢にある我が家に引っ越したのだ。
ジョーがホームステイしたのも、その藤沢の家だ。

今は、病状も安定して退院し、実家での暮らしにも慣れたようだ。
この家には、時々父の車でやって来て、ご近所さんを巡ったりしている。
立ち寄った際に、祖母が少しずつしてきた荷物の整理もだいぶ進んだので、以前は祖母や亡くなった祖父の物が溢れていた和室も、すっきり片付いていたのだ。

「汐璃が、こちらに住んでいるというから、てっきり一緒に戻ったのかと勘違いしてた」

「そうしたかったんだけど、まだちょこちょこ病院に検査に行くし、一人でいる時間が長いと心配だから、実家にいることになったの。おばあちゃんに会いたかったのに、ごめんね。会いたいなら、藤沢の実家に連れて行くけど」

「……汐璃のご家族には会いたいけど、今はいいよ。明日も汐璃は仕事だろ。……でも、そうか。汐璃は、この家に一人で暮らしてるのか」

「うん」

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