一途な小説家の初恋独占契約
私がどれだけ、ジョゼフとジョー・ラザフォードの作品を気に入ってたか、どこが面白くて、どこが良いと思ったか、手紙に全部書いていたから、ジョーは誰よりもよく知っている。

でも、まさか作家本人に送っていたなんて思わなかったから、私も相当恥ずかしい。

キッチンでコーヒーのお代わりを用意していると、カップを持って、ジョーもやって来た。

「……ねえ、汐璃。会社の人に、取材にはできるだけ協力するようにと言われていたよね」
「そうだね。作品のためなら、協力するよ。何でも言って。どこか行きたい所とかある? 次は、どんな話を書こうと思ってるの?」

振り返ろうとすると、ジョーの厚い肩に阻まれた。
いつの間にか、真後ろにジョーがいたらしい。

「僕が、どんな話を書くか知ってる?」
「それは、もちろん。ラブストーリーよね。全部読んだし、感想も送ってたでしょ? ……ジョー、ちょっと離れて」

後ろから長い腕が伸びてきて、キッチン台とジョーの間に挟まれた。

「そう、僕は、恋愛小説家。次は、日本を舞台にしたいと思ってるんだ。アメリカ人の男が、日本人の女性に恋する話なんて、どう? 汐璃は、読みたいと思う?」

読みたい。
すごく、読みたい。

少し身じろぎすればジョーに触れてしまいそうな距離感に緊張しながらも、どうにか頷く。

「それなら……汐璃が僕に、日本の恋を教えて」

ハッとして振り返る。

私の背中が当たっても、ジョーはびくともしなかった。
ヘーゼルの瞳が、すぐ近くで私を待っていた。

ジョーの右手が柔らかく私の右腕を包み、左手が頬にそっと触れた。
挨拶も事故も超えた触れ合いに、そわっと背筋が震える。

「汐璃。僕の恋人になって」
「……それは、取材としてってことよね?」

迫り来る色気を振り払って、私の仕事を思い出す。

小説家ジョー・ラザフォードをもてなし、清谷書房と独占契約を結んでもらうこと。
それが、今回の使命だった。

それには答えず、ジョーは、ただ間近で笑みを深めるだけだった。

……誰これ。
こんな色っぽい男の人、知らない。

「……僕を泊めてくれると言ってくれて、ありがとう。汐璃を独占させてもらうよ。家でも、仕事でも」
「……ッ」

ジョーを泊めると言ってしまったことは、あまりに浅はかだったのかもしれない。
ドキドキうるさい鼓動が止まらない。

リビングで見せた心細そうな少年は、もはや跡形もなかった。
すっかり大人になってしまったジョーを目の当たりにして、すっかり胸が苦しくなってしまったのは、不安からなのか、期待からなのか、今の私には分からなかった。
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