一途な小説家の初恋独占契約
うちの営業部は、編集部に比べて立場が弱い。
営業が売らないと、どんなに良い作品を作っても作品が世に広まることはないというのに、作る側の力が強く、振り回されることが多いのだ。

昨日、ジョー・ラザフォードというやけに目立つ外国人作家が来社していたことは、とっくに社内に知れ渡っていて、作家と編集部の我がままに翻弄される新入社員と認識された私は、同情の的になっていた。

「窪田さん、ちょっと……」

先輩社員に呼ばれて行くと、課長も待ち構えていた。

「今日、南北書店さんにアポがあるでしょ」
「はい。『シークレットロマンス』のDVD発売に合わせて、棚を作ってくれるそうで、そのお手伝いに伺うことになっています。
実は、昨夜たまたま南北書店の副店長にお会いしたんですが、その際も来てくれないと困るとおっしゃっていました。
ジョー・ラザフォード先生のご予定を確認して、問題なければ、私が伺いたいと思っているんですが……」

私の説明を聞いて、先輩と課長は重々しく頷いた。

「そうしてくれると助かる。昨日の今日だから、手が足りなくてね。どこも、明日の発売に合わせて忙しいんだ。
それに、南北書店さんの方からは、窪田さんと打ち合わせをしたいこともあるから、ぜひ本人に来て欲しいと言われている」
「分かりました。ジョー先生に確認します」

『シークレットロマンス』の映画は大流行して、興行が長かったから、満を持してのDVD発売だ。
清谷書房としては、DVDに合わせて発売する原作の文庫本を、ヒットに繋げたいところ。

他の仕事は、何とか他に受け持ってくれる人が見つかりそうだと話していると、部屋の入口付近が急に騒がしくなった。

ジョーが来ていた。

部屋の奥にいた私を見つけた瞬間、張り詰めていたジョーの表情が柔らかく解ける。
書籍や資料が詰みあがるばかりで、殺風景な部屋が、急に色づいたように感じた。
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