一途な小説家の初恋独占契約
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清谷書房に着くと、ジョーは編集部に顔を出すのかと思いきや、一緒に営業部にやって来た。
「ただいま戻りました」
部屋の入口で声を掛けると、中にいた人たちが一斉にこちらを向く。
え、何?
いつもなら、「お疲れさま」って声をかけてくれるのに。
ジョーと顔を見合わせた一拍の後、口々に何か叫びながら、部屋中の人が押し寄せてきた。
「ジョー先生っ! 大変ですっ!!」
「窪田っ! すごいことになってるぞ!?」
騒ぎを聞きつけてやって来た課長も部長も興奮している。
何とかみんなを宥めて話を聞きだすと、ジョーの写真が出てから、相当な話題になっていると言う。
「ジョー先生のポスターやサイン本がないか、書店から問合せが殺到しているんだ」
「マスコミから、取材の依頼も相次いでいるし」
営業部は忙しそうにしていたけれど、明朝イベントの仕事が入っているジョーを気遣って、私たちは帰るようにと言われた。
「それなら、寄り道をしていこうか」
ジョーが行きたい場所があるなら、私は構わない。
私の仕事に付き合わせるばかりで、ジョーはまだ日本を全然楽しんでいないのだから。
ジョーに連れられたのは、銀座だった。
私でもよく行くような百貨店やファストファッションが立ち並ぶ通りから、裏手に何本も入る。
ジョーが、タクシーの運転手さんに住所のメモを渡していたようだから、間違いではないはずだ。
キョロキョロしながら車を降りる。
静かな佇まいのビルの一階は、和風の凝ったしつらえで、一見して中が分からない。
のれんを潜って中へ入ると、そこは呉服屋さんだった。
「こんにちは。早見と言います。井口さんから、ご紹介いただいたんですが」
井口……秋穂だ!
手回しが良すぎる。
本気で、ジョーに着物を着てほしかったのね。
「早見様、お待ちしておりました。さあ、どうぞ奥へ」
通路の両側は高くなっており、畳敷きになっている。
何本もの反物や帯、着物が飾られていた。