一途な小説家の初恋独占契約
「ねえ、ジョー……私に読んでほしいと思ってくれたんだったら、どうして日本語版を出さないの?」

手を止めたジョーは、立てた膝に肘を置き、指先で自分の顎をつうっと拭った。
薄っすらと、影が濃い気がするのは、髭なのかもしれない。

「汐璃なら、英語で十分じゃないか。現に、この本も読んでくれたんだろう?」
「……そうだけど」
「訳してみた?」
「……うん」

学生時代は、翻訳者を目指していたこともあり、洋書を訳すのは大きな楽しみだった。

でも、その夢は、もう終わらせたものだ。
大手ではないけれど、一般の人にも名が知られ、経営も安定している中堅の清谷書房に正社員として入社できた私には、必要のなくなった夢だ。

「見せてくれる?」
「ダメダメ、人に見せられるようなものじゃないもの」
「……そうか。僕の他の本は?」
「他だって、一緒よ」
「……そう」

ジョーの手紙に書かれた短い文章を訳すのとは、わけが違う。
プロの長編小説を翻訳するには、本全体の世界観や流れを忠実に、それでいて日本人に伝わるように再現する技術が必要だ。
とてもじゃないけど、準備もなく作者本人に見せられるような代物じゃなかった。

ジョーが、本棚を物色している間に、ゆるゆるとブランケットから抜け出す。

手ぐしで髪を整えていると、ジョーが手招きした。
もっと近づけというので、素直に従うと、こそっと耳打ちされた。

「エロティックな小説はないの?」
「な……! ないよっ!」
「残念」

全く残念そうなそぶりも見せずに、クスクス笑われた。

また、からかわれた。
中学生のときは、学校の男子にからかわれたジョーをかばってあげていたのに!

「これ、漫画? あ、小説なんだ。日本らしくていいね。うーん、日本語の長文を読むのは、やっぱりきついな。ねえ、汐璃。声に出して読んでみてよ」
「え?」
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