一途な小説家の初恋独占契約
これこそ写真にでも撮ってネットに上げたら、瞬く間に世界を席巻しそうないい笑顔で差し出されたのは、以前家に遊びに来た秋穂が手土産代わりに置いていったティーンズラブ小説だ。
少女マンガでも、ここまでキラキラしたものはなかなか見ないというほど華やかな表紙イラストに惹かれて読み始めてしまった私は、ティーンズラブというカテゴリーを、そのとき理解していなかった。

だって、清谷書房は、成人指定の書物なんて取り扱ってないから!

「ダ、ダダダダダメ、それはダメ!」
「なんで? 僕に触らせたくないほど、お気に入り?」
「違うっ!」
「……うわぁ、すごいシーンをイラストにするんだね。ふうん、汐璃はこういうのが好み?」

絵自体はきれいなものの、かなり際どいシーンまでイラストにされている。
初めて見た私には、衝撃的だった。

本を奪おうとする私の手を器用に避けて、ジョーは表紙だけはかわいらしいその本を捲る。

……絶対、日本語も読めてる!

「本当に違うの、それは秋穂が……」
「まあ、僕も結構色々書いてるしね」
「……」

そうなのだ。
ジョーの書くものも、恋愛小説だけあって、情熱的なシーンがある。

ジョーは、それをどんな気持ちで書いているんだろう。
やっぱり、相当経験がないと書けないよね……?
基本的に、ジョーの書くものは女性向けなのだ。
女性の気持ちが分からないといけない。

そのために、たくさんの女性とたくさんの経験をしてきたのだろうか。
たくさん恋愛したり、物凄い体験をしたりしたことがあるんだろうか。

昨日は、10年間の全てをジョーと分かち合ったような気になっていたけれど、きっとそうじゃないのだ。
書いてないことだって、たくさんある。

ううん、書いていないことの方が多い。
私だって、あったことは全部書きたいくらいだったけれど、実際に書けたことなんて、きっとほんの一部だ。

……何だろう。
昨日から、涙腺が緩い。
< 75 / 158 >

この作品をシェア

pagetop