一途な小説家の初恋独占契約
「汐璃?」

本から顔を上げたジョーが慌てる。
急いで顔を背けても、畳を濡らした涙は消えない。

「ッ……ごめん、嫌だったよね。デリカシーがなくて、本当にごめん。ちょっとからかっただけなんだ」
「ううん、違うの……それは、秋穂の置いていった本だし、気にしてない」
「だったら、なんで……」

戸惑いを露わにしていたのは一瞬で、ジョーは私をグッと私を、背中から広い胸に引っ張り込んだ。
急な出来事に体勢が崩れ、ジョーに抱え込まれてしまう。

「ジョー!?」

どこを触って良いものやら戸惑いながら、身を起こそうとすると、更に強く抱きこまれた。

ヒュッと息が止まる。

すると、その静寂の内に背中から鼓動が届いた。
随分と早い。

止めていた息を再開すると、自分のものだと思っていたそれが、ジョーのものだと気づいた。

「……キミが泣いているというのに、僕はバカだね。キミの涙を拭える距離にいるのが嬉しくて堪らない」

さっきまでのからかいを含んだ軽やかな声ではない。
ジョーの方が泣いているのかとでも思うような、湿った切ない音だった。

ジョーに包まれた背中が温かい。

強張っていた肩から力が抜けると、それを待っていたかのようにジョーは、私の頬に手を伸ばし、残っていた涙を取り去ってくれた。

くすぐったさに、笑みが零れる。

少し離れてもらおうと振り向こうとすると、その半ばで目尻に唇を当てられた。

涙の跡を辿るように、柔らかな感触が頬へと下る。

「……昨日、僕は嘘をついた」
「え……?」
「キミと同じ気持ちだって言ったけど、そうじゃない」

唇の軌跡を、今度は指が辿る。

顔の見える距離まで下がったジョーは、私の頬を大きな手のひらで包みながら、切なそうに大きな瞳を細めた。
< 76 / 158 >

この作品をシェア

pagetop