一途な小説家の初恋独占契約
中学1年生の頃から10年以上、数週間に一度は手紙を書いていた。

お互い忙しかったりで、間を空けることもあったけれど、そういえば最近、手紙が届いていない。

私も、この春に働き始めたばかりでバタバタしていたから、最後に書いたのはゴールデンウィークの頃……。
もう2ヶ月も経つ。

返事は着ていないけど、もう一度書いてみようかな。
万一、あちらは出していたのに届いていないだけだったりしたら、嫌だし……。

「ねえ。じゃあ、汐璃の一番好きな作家って、もしかしてジョー・ラザフォード? それなら、どうにか会えないか頑張ってみるよ」
「ううん、ジョーは、もちろん好きだけど、一番好きな作家は……」

ジョーの作品は、何度も読むほど好きだ。

今まで謎に包まれていたジョーが来日するなら、その姿を一目見たいと思う。
あわよくば、サインをもらえないかとも思うし、「全作品、原著で読んでます!」と伝えたい。

でも……。

「一番好きな作家はね……。実は、デビューしてないんだ」
「え?」
「アマチュアなの?」

それまで静かに話を聞いてくれていた直島さんも、聞き返した。

二人が驚くのも無理はない。
出版社の社員は、おしなべて読書家だ。
営業部の私だって、例外じゃない。
業界柄、周囲に読書マニアしかいないから、自分で読書家だなんてとても言えないものの、一般に比べれば、大量の本を読んできた。

そんな出版社の社員の一番好きな作家がデビュー前だなんて、普通はありえない。

今は、非営利でも活発に活動している作家がたくさんいる時代だけど、そういう時代だからこそ、やはり人気があって、うまい人は、商業出版もしている。

それに、昔からの読書家が好むのは、文体がしっかりしていて、内容も精査された専業の作家の作品が多いからだ。

「同人誌とか、汐璃も読むんだっけ? インターネットで読める?」
「ううん、ネットでは読めないよ」
「じゃあ、どうやって知ったの? 知り合い?」
「うん……。もし、デビューしたら教えるね」
「窪田が推す人なら、俺も読んでみたいんだけど」

編集者は、新しい才能を発掘するのも大きな仕事だ。
目を光らせた直島さんに、私は曖昧に笑う。

「先方が希望したときは、よろしくお願いします」

でも、私の一番好きな作家は……きっと、清谷書房が一次で取り扱うことはない。
日本語の作家ではないからだ。

デビューしたいのかどうかさえ知らない、今のところ私だけが知っている隠れた作家だった。


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