一途な小説家の初恋独占契約
「ちょっと留めてくれる?」

小首を傾げて、私に右手を差し出す。

断ることもできず、私はヨタヨタと引き寄せられるように近づき、骨格のしっかり浮き出た手首をくるむ袖口を引っ張る。

「……カフスなんて、留めたことない」
「難しいことないよ」

緊張している私を励ますように、反対側の手が私の髪を撫でる。
頭頂部に響くリップ音は、聞こえていないことにした。

「ボタンも留めて」
「自分でできるでしょ」
「できない。中学生のときは、してくれたじゃないか」

子どものように首を晒し、今度はシャツのボタンをと強請る。
ボタンは、上から3つほど外れたままだ。

ホームステイの間、近所の人が「もう着ないから」とジョーに詰襟の学生服を貸してくれた。
そのとき、首が苦しいと言ってきかないジョーの襟を閉じたのは私だ。

でも、そのときの薄い胸元とは身体がまるで違う。
外れたボタンから覗く鍛えられた胸板は、目の毒だ。

それに、背も。
あのときは、ほとんど背丈が変わらなかったから、ボタンを留めてあげるのに何も苦労がなかったけれど、今のジョーの肩は、私の頭より上にある。

何より、今朝家を出るときは、自分できっちり支度をしてきたくせに。

鏡台の前に置かれた時計に急かされて、諦めた私は、ジョーの正面に入る。

踵を上げる私の腰を、ジョーがそっと支える。

さっきより、ジョーの身体を近くに感じて、ドキドキする。
ボタンを留める指が震えそう。

きっと私の耳は赤いのだろう。
カフスを嵌めたジョーの手が、私の髪を搔きあげて、その耳をつついた。

何とか第1ボタンまで留め終えると、ジョーは名残惜しそうに私の頭を撫でながらも、一歩後ろへ下がり、鏡を見ながらシャツを調えた。

シルバーのタイを渡そうとすると、ジョーが首を振る。
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