一途な小説家の初恋独占契約
「先生を取られたくないんだったら、それくらいの覚悟をしろってこと」
「ハハ……」

色仕掛けどころか、あらゆるハラスメントを許さず、社内の体質まで変えてきたと言われる寺下部長がこんなことを言うのは、冗談だろうと思って受け流す。

思ったような反応が得られなかったのか、寺下部長は、フンと鼻息をつくと、姿勢を改めた。

「契約の方は?」
「……いえ」

私は、黙って首を振った。
ジョーとは、面と向かって話せていない。

昨夜と今朝がチャンスだったのかもしれない。

「そう。こちらからも話してみるけれど、引き続きお願いね」
「はい。分かりました」

誤解は解けたようだから、折を見て話してみよう。

取材が始まる時間になったので、ジョーの元に行く。

昨日のドレッシーな装いとは違い、カジュアルなジャケットにTシャツというラフなスタイルなジョーは、また違う魅力を醸し出している。

ハリウッドスターのように整った容姿は、一見近寄りがたい。
編集部の人からすれば、素直に契約してくれない気難しい作者とでも思われているのか、少し距離を置いて見守られているようだ。

姿見の前でジャケットの袖を引っ張っていたジョーは、私に気づくと途端に強張っていた顔を緩めた。

「汐璃。来てくれないのかと思った」
「ごめんね、打ち合わせが長引いて。今日のサイン会のことで、営業部にも呼ばれてるから、出たり入ったりになるけど、近くにいるようにするよ」
「良かった。近くにいてくれなきゃ嫌だよ」
「……何言ってるの」

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