王子様とハナコさんと鼓星


***


お昼の13時頃、午前の業務を終わらせてから昨日に言われた通りに57階に向かった。各課一体の広い事務室に会議室と社長室や休憩所がこの階にはある。


この階は客室清掃部の担当ではなく館内フロア清掃部の仕事。なので、入社手続きの際に2回ほど訪れたのみ。


そのため緊張しながらエレベーターを降り、朝と同じで誰にも見つからないように社長室に向かうと、部屋に繋がる二重扉の前に針谷さんがいた。


「こ、こんにちは」


針谷さんとはあの日以来。あの時は好きではないと豪語した手前、会うのは少し気まずかった。


少し離れた場所から挨拶をすれば、話を聞いていたのかレセプションの椅子から立ち上がりドアの前に立つ。


「こちらへどうぞ」


言い方は優しい。でも「嘘をついたな」とでも言いたそうな表情をしているような気がする。目を見ないように小走りで近寄るとセキュリティの機械にカードを通して番号を入力。


扉が開いて中へ促され、向かいの扉のドアを針谷さんが叩いた。


「針谷です。村瀬様がご到着されました」

中から「どうぞ」との声が聞こえドアを開ける。するとそこにはスーツ姿の社長の姿。


漆が塗られた光沢のあるディスク。黒い椅子に腰をおろしていて私達の姿を見ると、持っていたペンを徐ろに置く。


見慣れているはずなのに、見慣れない場所で見ているせいか、いつもより魅力的に見える。

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