王子様とハナコさんと鼓星
最終章 she was the beautiful bride of a rich merchant
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深い深い、海の底に落ちていく気分ってこう言う事なのかもしれない。
凛太朗さんと初めて身体を重ねた後、彼の腕に抱かれ、髪の毛を撫でられながら眠りについた。
一ミリたりとも身体は動かなくて、瞼もそれに比例するように閉じたまま動かない。
薄れゆく朧げな記憶の中…凛太朗さんが思いつめた表情で私を見ていたのは分かった。
それなのに、私は声を掛ける事も彼に手を伸ばして触れることも出来ない。
ただ、ただ…深い海と言う名の眠りに落ちていった。
その眠りから目が覚めたのは、カーテンの隙間から溢れる光が私を照らした朝。
深く眠ったはずなのに意識は鮮明。身体を起こして顔を強張らせながら隣を見下ろす。
そこに、いて欲しかった人はいなかった。
「…凛太朗さん…」
シーツは冷たい。かなり前に寝具から離れた事を理解する。
脱ぎ散らかした衣服を上着だけ纏い、寝室のドアを開けた。
リビングに凛太朗さんはいない。お風呂にも、衣装部屋にも…何処を探しても姿はない。
身体を重ねたばかりなのに。こみ上げる寂しさを誤魔化すように私はシャワーを浴びた。
ご飯は、食べる気分ではなかった。ゲンマのお世話だけをして、仕事の支度を始める。
いつもの出勤時間より1時間も早いけれど、このマンションから少しでも早く離れたくて…急いで会社に向かった。