王子様とハナコさんと鼓星
「あの、じゃあ…私は行くね」
手を軽く振り、スーパーに行く予定を取りやめ寮に帰ろうと踵を返す。駆け足で走り出そうとすれば、私の服を掴み引き寄せられた。
「つれないな。せっかくの再会だって言うのに。なぁ、この後…予定ある?再会した記念に、どう?」
「…あっ」
手がそっと腕の線をなぞる。その言葉の意味を理解したくないのに聡くんがなにを求めているかが分かった。
「大丈夫だよ。俺も少しは大人になったからさ、前よりは楽しめると思うよ。どうせ、彼氏なんていないだろ?まぁ、いても関係ないけど」
腕に置かれた手は背中に移動していく。力強い腕で押され聡くんに合わせるように脚が動いてしまう。
ダメなのに、この人には逆らえない。逆らうと前のようになると思うと怖い。
でも、でも…ここで彼の思い通りになったら…また、私は鳥籠に囚われる。忌々しい記憶。5年前と同じように。
「あ、あの!」
立ち止まり、今の私が出せる精一杯の声を出した。彼を見上げ、重い訛りを飲み込むように唾を飲む。