王子様とハナコさんと鼓星
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『華子…ごめん…俺は…なにもしてない。お前が悪いんだ』
『だ、大丈夫…私が、悪いの…』
『そうだよ…お前が…悪いんだ。お前が…嫌だって言うから…逃げるから、お前が勝手に…から…』
赤く染まった手。血の湖の中心で微笑む。
『だ、大丈夫…だから』
『華子…』
伸びて来た手が荒々しく瞼に触れる。
(やめ、て….さわら、ない、で…)
「いやぁっ!」
ガバッと勢いよく布団の中から起き上がる。
「はぁっ…はぁっ」
呼吸が荒い。身体中に沢山の汗が流れている。動悸が激しく、慌てて頬と瞼に手を置いて手の平をみる。
なにもない。いつもと変わらない手の平に心底ホッとした。
「……夢…か」
(わたし…なんて夢を見ていたんだろう…)
両脚を抱え、壁にかけられている時計をみると時刻は朝の6時を過ぎている。
いつもより、1時間も早く目が覚めてしまった。
カーテンの隙間から見える薄暗い雲と雨の音。
ポタポタと言う規則正しい音を聞き、布団から出た。首の周りの汗を手で拭い洗面所の鏡を見ると写る自分の顔に落胆した。
(酷い顔…)
昨日、元彼である聡くんと再会した。
彼は私のトラウマの原因の1人で、出来れば2度と会いたくなかった人だった。こっちに転勤していたことなんて知らなかった。
別れた後も、どうやって寮まで帰って来たか覚えてない。お風呂もご飯も食べないで、そのまま布団にもぐりこんだ記憶があるのみ。
まさか、夢にも出て来るなんて。
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