王子様とハナコさんと鼓星
選んだ言葉を言ってから後悔した。ドクドクと血が物凄い速さで血管内を駆け巡るのが分かった。
離した鞄をもう1回抱きしめ、そっと社長の顔を盗み見ると彼の視線は瞬き1つすることなく私を見下ろしていた。
「ごめんって、なにが?」
声色も酷く冷淡。盗み見ていた視線をエレベーターに向け足元を見た。
「その、変なところをお見せして…」
「あのさ、村瀬さん」
「は、はい」
「今みたいな時、果たして黙っている事が正解なのかな」
放たれた言葉に直ぐに返答は出来なかった。冷たい言い方をする社長の姿に動揺をしてしまい、言葉が浮かんで来ない。
そんな私の様子に肩を使って大きなため息をはくと、正面に立ちエレベーター側の壁に寄りかかる。
「自分が思っている事、なんで言わないの?今のって、明らかにおかしい怒りをぶつけられたの分かってるの?」
「それは…」
「今のだけじゃないよね。関さんって人や支配人から聞いたよ。あの2人、新人や村瀬さんに入社当時から酷いことをして来たみたいだね。納得したよ。たまに元気がない理由や系列ホテルに1人でいたことや、この前、星を見ながら話した事の意味がね」
顔を上げられない。威圧感とは違う圧迫感。音を立て息を飲むと、彼は腕を組んだ。
「あの2人のやってることは間違っている。それを、なんで黙って受け入れているの?それで、いいと?」
「それは…良いとは思ってません…でも、反抗しても更に怒られるだけで…あぁ言う人には黙っているのが、波風立たなくて…1番良いから。それに…みんなも我慢しているから。後は先輩です、言うことを黙って聞くのは社会人として…仕方がない事です」
「そう言うの、結局自分が傷付きたくないから予防線を張っているだけでしょ。不満を持っているくせに、何も変えようとしないならあの2人と同類」
「……っ」
社長の言うことは正しい。図星だった。だから、何も言えない。
清掃部に不満や間違っている事は沢山あるのに、私は不満を口にするだけで何もしていない。見て見ぬふりだった。
それで、理不尽に怒られ罵声を浴びせらて、被害者顔をしていたんだ。
そんなの分かっている。なにも出来ない自分も何もしようとしない自分も、惨めで失望している。
そんなの分かっている。だから辛くて、ここから逃げたいんだ。