王子様とハナコさんと鼓星


あれこれ考えている私とは違い、社長は靴を脱いでベージュ色のスリッパを置いた。

「どうぞ」

カバンを無造作に置いて、コートを脱ぎながら部屋に入っていく。

余りにも平然としていて、さすがモテる男は違うな。なんて思いながら恐る恐るスリッパを履いた。

ふんわりとして気持ちがいい。


履いていた靴をすみに寄せて、無造作に置いた鞄もすみに寄せてから社長の後を追う。


リビングに繋がるドアが開かれていて、そっと顔を覗かせると広々としたリビングに目を奪われた。


(うわっ……素敵)

白い玄関とは異なりリビングはモダンな内装。
モデルルームのような家具の配置と色の組み合わせ。大きなテレビにアイランドキッチン。

そして、観葉植物まである。

レースカーテンの隙間からは綺麗な夜景も見える。

私の質素な部屋との違いに感動するが、同時に悲しくなる。すると、社長がコートをソファにかけネクタイを外した。


「着替えて来るから、適当に座って待ってて」


「あ、はい」

1度リビングを出ていく社長を見送り、ゆっくりと中を徘徊し見渡しながら迷った末にソファに腰を下ろした。


(このソファも、凄く座り心地がいい。それに、ほこり一つ落ちてない)


ガラス製のテーブルの上には、リモコンにテレビ番組の雑誌。正面のテレビの横には何故か白黒の地球儀がある。

棚や壁には見たことがない美しい宇宙の写真が飾られていて、星を見に行った時の事を思い出す。


社長、本当に好きなんだな。

その写真をじっと見つめていればリビングのドアが開いた。首元が開いたセーターに黒いパンツ姿。

スーツとはまた違う姿に不覚にもドキドキしてしまい、顔をそらす。


「なにか飲む?」

「だ、大丈夫です」

「そう?」

近づいて来る足音が聞こえ、振り向く前に私の隣に腰をおろした。


足や腕が触れそうな距離に、身体も顔も強張る。

ほ、本当にするんだよね。そう、だよね。こんな時間に男の人の部屋に入ったんだもん。


何もないわけがない。これから、結婚するわけだし、ないわけがないんだ。

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