副社長と秘密の溺愛オフィス
プロローグ
「これ、落としましたよ」
振り向くと、ひとりの素敵な男性がわたしが落としたカメオのブローチをひろってくれていた。
リクルートスーツに身を包んだわたしは、最終面接の行われる会議室に向うため甲株式会社甲斐建設のエントランスにいた。
緊張していたわたしは、母親の形見でもあるブローチをポケットにいれていたのだけれど、ハンカチを取り出したときに落としてしまったようだ。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げたわたしに、その男性はにっこりと笑った。
「これから面接? 頑張ってね」
「はいっ!」
ほんのひと言だったけれど、その男性の応援が心に響いた。
***
「これは、わたしが二十歳の誕生日に母にもらったブローチなの。これからなにか困難なことがあっても、これがあなたを守ってくれるわ」
二十歳の誕生日。そう言って母から譲り受けたブローチ。
ふたりの天使がモチーフの年代物のメノウのカメオのブローチ。二十歳のまだ円熟していないわたしが使いこなすには少々難しいものだった。
しかしそれを手にしたきふと気持ちが温かくなったような気がした。
母の言ったことを鵜呑みにしたわけではないけれど、それはわたしのお守りのような存在になったのだ。
今思えば――あの数週間もこのカメオの天使たちが起こした奇跡だったのかもしれない……。
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