副社長と秘密の溺愛オフィス
「千佳子さんは――」

「わたしは……小さいころから父親の決めた相手と結婚することになっていましたから。でも、それが紘也さんだったらきっと大切にはしてくれるだろうなと思っていた時期があっただけです。だから、そんなふうに困った顔なさらないで」 

 そう言われても彼女の気持ちを思うと、素直に「はいわかりました」とも言えない。
彼女の言うことはもっともだ。恋愛感情抜きだとしても、紘也さんは大切にしてくれる。今のわたしがそうなのだから。

千佳子さんは紘也さんとの結婚を間違いなく意識していたのだ。そこにわたしが割り込んだことで、こんな顔をさせているのならば心苦しい。いつもは心の奥底に隠して見ないようにしている罪悪感が心の中に渦巻く。

「ごめんなさい」

「あ。やだ。謝らないでください。紘也さんと明日香さんとのことは本当にうれしく思っているし、羨ましくも思っています。本当に好きな人と結婚できるなんて、わたしには夢みたいな話ですから」

 寂しそうにディスプレイされているチョコレートを見つめながら言った。

「それに好きな人と結婚できないなら、誰と結婚しても一緒ですし」

 そんな寂しいことを……。結婚がすべてではない。けれど、人生にとっては大切なものだ。それなのに、彼女はすでに夢見ることさえ、あきらめてしまっている。

 本当にそれでいいの?

 自分なんかがそれを聞く立場にないのはわかっているけれど、それでも聞きたいと思った。
< 132 / 212 >

この作品をシェア

pagetop