副社長と秘密の溺愛オフィス
「お次の方どうぞ」

 しかしそれは店員さんの声に阻まれてしまい、口に出すことができなかった。

 店を出て千佳子さんと別れる。そのころにはいつもの彼女に戻っていた。軽く手を振る彼女に手を振り返して、家路につく。

 『好きな人と結婚できないなら、誰と結婚しても一緒ですから』

 なんて悲しい言葉なんだろう。けれど自分はどうだろうか。

 理由はどうであれ、好きな人と婚約をした。彼の傍にいられることにはなったけれど、でも思いはわたしの一方的なものだ。

 向こうにとっては便宜上のもの。わたしの本当の思いが届くわけではない。

 好きな人の傍にいても、愛してもらえないのも――悲しい。

 恋って……結婚って、難しいな。

 世の中にいる相思相愛のカップルや夫婦が奇跡のように思えてきた。そもそも手の届かない相手を思い続けているうちは、自分にはそういうチャンスがやってこないことにもっと早く気づけば、こんな深みにはまることはなかったのかもしれない。

 ふと顔を上げると、ビルの合間から見える空はどんよりと曇っていた。この空はいつか晴れる日が来る。じゃあ、わたしの気持ちは?

 つまらないこと考えてないで、帰ろう。

 胸が苦しくなってどうしようもなくなる前に、考えることをやめて足早に家路についた。
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