副社長と秘密の溺愛オフィス
 そのとき彼女の瞳に強い悲しみの色が浮かぶ。誰かを思い出しているのだろうか。

 そんな顔をするほど好きな人がいるのに、他の人に嫁ぐなんて悲しすぎる。

「そんな諦めてしまわないで――」

 わたしの言葉に千佳子さんが声を上げる。

「好きな人と結婚するあなたに、わたしの気持ちはわからないわ!」

 初めて聞く彼女の強い言葉に、驚いて目を見開いた。

 目を潤ませ、感情を露わにして拳を強く握っていた。

「わたし――」

 そのとき、エレベーターが一階に到着した。

「大きな声を出してごめんなさい。完全に八つ当たりね。紘也さんにも突然訪問したこと謝っておいてください」

 千佳子さんはそう言うと、開いた扉から出て颯爽とロビーを歩き始めた。

 その背中にはこれ以上踏み込めない彼女からの拒絶を強く感じた。わたしはエレベーター内で立ちすくみ、何もできないでいた。
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