副社長と秘密の溺愛オフィス
 幸せだな……。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、紘也さんの視線に気がついた。

「明日香は食べないのか?」

「え?……あ、うん。さっき味見しすぎたみたい」

 あなたを見てるだけで、胸がいっぱいで何も喉を通りません--なんてもちろん言えないので、ごまかした。

「そう? じゃあ俺の食べるの手伝ってくれる?」

「はい、いいですけど」

 手伝うってどういうことだろう? OKはしたものの、何をすればいいのか……。

 しかし迷ったのはほんの一瞬で、彼の要求していることが何なのかすぐに分かった。

「茶碗蒸し、冷まして。俺熱いの苦手」

 まるで子供のようなお願いに、思わず「プッ」と吹き出してしまう。

「笑うなって」

「だって、子供みたいで……」

「男はいつまでたっても子供なんだよ。それに明日香の前だけなんだからいいだろ」

 わたしだけ特別――彼の素顔を見ることができるのは、わたしだけ。

 将来会社はおろか、日本の経済を引っ張っていくほどの人。その特別をわたしにくれたこと、それがたとえ不慮の事故からのハプニングのせいだとしても、それでもうれしかった。

 口をあけて待っている、大きな子供に胸をキュンとさせながら、わたしは冷ました茶碗蒸しを彼の口に運んだ。

「うまい! 毎日食べたいくらいだ」

「大袈裟です。はい、次」

 わたしがスプーンを差し出すと、それに素直に応じた。

 こんなことなら、毎日彼のために料理をしてあげればよかたな……。

 紘也さんを見つめていると、目が合った。

「どうかしたか?」

「ううん。なんでもないです」

 笑顔で寂しい気持ちを隠して、わたしはもう一度スプーンを彼に差し出した。

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