副社長と秘密の溺愛オフィス
ふたりで片づけをした後、料理のお礼に紘也さんがわたしにコーヒーを淹れてくれた。

「どうだ? うまいだろ?」

 わたしの様子を窺う彼の顔は、いつもの自信に満ち溢れていた。

 コーヒーの良い香りを吸い込み、そのあと一口飲む。

「あ、おいしいです」

「だろ? お前のスパルタ教育のおかげだ」

 得意げに話す彼に思わず顔をほころばせると、紘也さんもうれしそうに口元を緩ませた。

 今までこんなふうに男性と、他愛ないことで笑い合うことなどなかった。その相手が憧れの人なのだから、わたし
は幸せだと思う。

 幸せ、十分に幸せなのだ。だけど、わたしはもっとわがままな申し出をしようとしていた。

 マグカップを両手で持ち、深呼吸をした。そしてわたしの隣に座っておいしそうにコーヒーを飲む紘也さんを盗み見る。

 今から言う、わたしの言葉を聞いて彼はどんな反応を示すのだろうか。

 チラリと横目で彼を見ると、その視線に気がついたみたいだ。

「何、どうかした?」

 わたしはごくりと唾をのみ込んで、決意を固める。今がチャンスだ。

「あの、紘也さんが昔言ったことなんですけど、覚えてますか?」

「ん? 何の話だ?」

 言いづらい。でも言わないとわたしの望みはかなわない。意を決して思いきって言った。

「最高の思い出にしてくれるって言ったこと、まだ有効ですか?」

 紘也さんはしばらく考え込んで「あっ」と小さくつぶやく。そして、マグカップをテーブルに置くと、まっすぐわたしの方を見た。

「明日香、本気なのか?」

 その目にもその言葉も、いつもの軽口を言う彼とは違い、真剣だった。

 それまで和やかだった部屋の空気が変わる。張り詰めた空気の中、それでもわたしは自分の願いを伝えた。
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