副社長と秘密の溺愛オフィス
しばらく抱き合っていたあと「コーヒーを淹れて」という紘也さんのリクエストに応えて、わたしは久しぶりにキッチンに立っていた。

 自動で豆を引いて、ドリップしてくれるので最初のセットだけすればいいのだけれど、スイッチを押した後もわたしはキッチンに立っていた。そしてここからリビングで寛ぐ彼をみていたことを思い出していた。思わず微笑んでしまうと同時にもうひとつ胸に仕えている〝あのこと〟を思い出していた。

「明日香」

 カウンターに立つわたしの後ろに、紘也さんが立った。考え事をしていたのとコーヒーのミルの音で気が付かなかった。

 彼はわたしの後ろからカウンターに手をついた。まるで抱きしめられるような格好だ。

「明日香、何を考えてたんだ?」

 ふいに聞かれて思っていたことを口にした。

「いつもここから、紘也さんのこと見てたなって……思い出してたんです」

「そうだな。明日香がキッチンにいるときは、いつもいい匂いがしてた。たまに鼻歌なんかも聞こえてきて、俺、新聞の蔭にかくれて笑ってたんだ」

「うそっ! わたし、歌なんて歌っていましたか?」

「気がついてなかったのか?」

 紘也さんはおかしそうに声を出してひとりしき笑ったあと、わたしの腰に手をまわして、前のところで交差した。背後から抱きしめられる形になり、胸が高鳴ると同時に、背後から感じる彼の温度に安心した。
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