副社長と秘密の溺愛オフィス
 わたしは心の中で、盛大なため息をついているというのに、副社長はとても呑気だ。

「しっかし、腹が減ったな。でもこの時間だと出前も時間かかるんだよなぁ」

 こんな状態のときに……。そうは思うけれど、退院してから何も口にしていないから仕方ないか。

 ふと立派なキッチンに目がいく。

「よかったら、わたし何か作りましょうか?」

「マジで⁉ ありがたいな。キッチン適当に使って」

 昔から母親の代わりにずっと台所に立っていた。面倒だなって思うこともあったけど、料理中は無心になれる。今、頭の中も心の中も混乱を極めている。料理をしたら少しは冷静になれるかもしれない。

 副社長の許しが出たので、キッチンに向かいひとり暮らしには似つかわしくない大きな冷蔵庫の中身を確認したけれど、見事にビールとミネラルウォーターしか入ってない。

 さすがに卵の一個もない状態で、料理は無理だな……。そう思って戸棚の引き出しをあけるとパスタが目についた。その近くにトマトとアンチョビの缶詰があったのを見つけた。

 これでパスタが作れるっ! 

 わたしはシャツの腕をまくり、さっそく料理に取り掛かった。

 一通りの道具を探して、作業を始めると副社長がキッチンを覗き込む。

「何作るの?」

「アンチョビとトマトのパスタを作ります。お好きですか?」

「あぁ、うまそう。聞いてるだけで腹が鳴りそう」

「そうお待たせすることはないと思いますが、すこしお時間くださいね」

「あ~~腹減った! 紛らわすために、シャワーでも浴びてくる」

 副社長は腕をぐるぐる回しながら、バスルームに消えていった。
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