副社長と秘密の溺愛オフィス
 明日からのことが思いやられる。

 ふとお母様を見ると、さっきまでの笑顔はなくじっとこちらを見つめていた。

 無言のまま二・三秒見つめたあと、わたしの手を包み込んだ。

「事故に遭って、お互いの大切さがわかったのね。色々と心配したけど、こんなにいい方向に進んで本当によかった」

 慈悲に満ちた母親の顔。病室で青白い顔で心配そうに傍についてくれていたことを思い出す。

 少し涙ぐんだお母様の顔を見ると、罪悪感で胸が締めつけられた。

 結婚なんてウソなのに……。

 ぐっと下唇を噛んだ瞬間、副社長が声を上げた。

「タクシー下に呼んだ――呼びました」

「はい。ありがとう。じゃあ紘也、結婚の話すすめますからね」

 そう言い残すと、すぐに部屋を出ていってしまった。

「あ~やれやれだな」

 お母様を見送ったあと、副社長は大きく背伸びをして首をコキコキと鳴らしていた。

 そんな彼の前に、わたしは仁王立ちをした。

「なにが、やれやれですか! いったいどういうつもりなんですか?」

「どういうつもりって、あぁ~アレ、結婚のこと?」

 思い出したように言っているけれど、それ以外一体なにがあるというのだろう。

「どうしてそんなに余裕なんですか! 結婚ですよ? 意味わかってるんですか?」

「乾、君そんなに怒れるんだな。いつも俺が何をいっても『かしこまりました』なんて言ってたから、なんか新鮮」

 こちらの焦りなどまったく無視で、わたしの様子を見て面白がっていた。
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