副社長と秘密の溺愛オフィス

⑦セレブ入門

 なんとか着替えを手伝ってもらったわたしは、副社長の運転する(みかけはわたしだけど)高級スポーツカーでショッピングにでかけた。

 デパートに到着するなり、副社長が案内係となにか揉め始めた。わたしは少し離れた場所でその様子を見ていた。

「ですからご本人様でないと――」

「だから、俺が本人――ってそうか。乾っ! じゃなかった、副社長!」

「はい?」

 え? わたし?

 人差し指で自分の顔を指すと、うなずいた副社長がわたしを手招きで呼び寄せた。急いでカウンターに行くと、受付の女性の顔がパッと華やぐのを感じた。

「甲斐さま、大変失礼いたしました。今、担当の者をお呼びします」

 早速電話をかけ始めた受付の人の前で、副社長の顔があきらかに不機嫌だった。

「今からうちの外商担当が来るから、最初にこの受付の女の教育やり直すように言えよ」

 小声で言われた言葉に驚く。

「いやですよ! どうしてわたしがそんなこと言わなくちゃならないんですか?」

「だって見ただろ、さっきの俺を見る態度。見かけが違うからって、あんなからさまじゃ、接客業失格だ」

 ぷんすか怒っているけれど、わたしは受付の女性に同情する。こんなパッとしないみすぼらしい女が、甲斐建設の副社長の名前を連呼したところで、ただの不審者扱いだ。

 きっといつもどこへ行っても、最上級のもてなししかうけたことのない副社長にはきっとわからないことだろう。

 先が思いやれる。
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