副社長と秘密の溺愛オフィス
「甲斐さん……」

 呟いたら、ジロッと睨まれた。どうやらお気に召さないらしい。

「紘也……さん」

「とりあえず合格だな」

 副社長――紘也さんは渋々といった表情でうなずき、カップの紅茶を飲み干していた。

 お互い今の自分の姿に馴れるまでは時間がかかりそうだ。

 そうこうしていると、先ほどのサロン人が戻ってきた。それも大量の洋服とともに。

「こ、こんなに」

 目を見開くわたしをよそに、立ち上がった副社長はさっそく洋服を手にしている。

「これはダメ、これもダメ。こっちは……まぁ保留だな」

 てきぱきと目の前の洋服を仕分けしていく。しかしそのどれも派手で、わたしには似合いそうにないものばかりだ。真剣な顔で洋服を選んでいる副社長の腕をひっぱっり小声で話す。

「どれもこれも、派手すぎます。これなんかいいと思うんですけど」

 副社長が初っ端に「ダメだ」と言った洋服を指さすと、とんでもないものでも見るような顔をされた。

「俺に、あんなダサいの着ろって言うのか?」

「シンプルでいいじゃないですかっ! それに副社長の選んだ服は派手すぎます。ディナーショーでも開くつもりですか?」

 小声で言い合いをしているわたしたちを、店の人が止める。

「まぁ、ご本人が気に入るものが一番ですから。一度ご試着なさってください」

 何着かの服を持って試着のブースに副社長が消えた。あんな高価な洋服着こなせるわけないのに。きっとがっかりして出てくるに違いない。そのときにあのシンプルだけど上品なものを勧めればいいだろう。
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