副社長と秘密の溺愛オフィス
 あの事故のとき――急ブレーキの音についで、体に大きな衝撃が走った。とっさに隣りにいた明日香を抱きしめ思った。

 ――どうか、彼女だけでも無事でいて欲しい。
 
 生まれて初めて神頼みをした。その思いが通じてか……結果お互いの体が入れ替わってしまうという事態になってしまったのだが。
 
 けれどお互い生きて、こうしてふたりでいる。その事実だけでも感謝したかった。

 それに、こうなった相手が彼女でよかったと思う。おかげで今までよりも多くの時間を明日香と過ごすことができるのだから。

 これは気持ちを伝えることができずぐずぐずしていた俺に対しての、天からの罸かそれとも褒美なのか。

 考えても仕方のないことだと思い、残りの水を飲もうとすると背後から声がかかった。

「わたしにも、お水ください」

「いいけど、またトイレに行きたくなるぞ」

 意地悪くそう言うと、さっと手を引っ込めた。

「やっぱり、我慢します」

「嘘だって。それに、トイレぐらい慣れろ。ほら、飲め」

 美味しそうに水を飲む姿は、間違いなく俺なんだけれど--それでもその仕草はやっぱり明日香のもので、思わずじっと見つめてしまう。

 飲み終わった彼女が自分を見つめる俺を、不思議そうに見返していた。

「とりあえず、さっさと着替えるぞ。とりあえず、お前の準備から手伝ってやる」

「はい。お願いします」

 クローゼットに向かうと、俺の気に入っているスーツを手にしている明日香がいた。

「これでいいですか? このスーツかっこいいなって思ってたので」

「あぁ、俺も気に入っている」

 彼女はニコニコと笑うと、引出しからネクタイを選び始めた。

 なんてことのない会話なのに、この光景に心が癒されるような気がした。
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