副社長と秘密の溺愛オフィス
 はぁ、最悪だな。

 ミーティングの後、残されてネチネチと絞られた。こんなくだらないことで時間をとるくらいなら、もっとまともな仕事をしろと言いそうになったが、今の自分が副社長でないことを思い出しぐっと我慢した。

 副社長室に戻る前に、誰もいないことを確認して女子トイレに向かう。姿形は女性でも、やっぱりなんだか悪いことをしているような気になってしまう。

 個室に入りとりあえず一息ついた。こんなに張り詰めた気持ちで職場にいるのはいつぶりだろうか。そんなことを考えていると、外から数人の女性の声が聞こえてきた。 

 やばい。出るに出られないな。

 結局いなくなるまで、個室で待機することにした。

「乾さん、復帰してましたね」

「目障りなのがいなくて、せいせいしてたのに。あのままやめてくれればよかったのにね。あんなに辛気臭い女が秘書課にいること自体が間違いなのよ。副社長も今頃後悔してるんじゃないの? 絶対そうよ」

 勝手なこと言うなよ。俺がいつそんなこと言った?

 噂話にイライラしても仕方がない。仕事をしていれば、根も葉もないことを言われるのはよくあることだ。わかっているけれど、自分のことでなく明日香のことだと思うと、怒りが抑えられない。

「あのままやめていれば、わたしが副社長の秘書になったかもしれないのに――」

――バンッ! 

 個室のドアを思いっきり開けた。大きな音にそれまでべらべらとしゃべっていた秘書たちの会話が止まる。
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