副社長と秘密の溺愛オフィス
「い、乾さん」

 本人がいるとは思わず話をしていたせいで、動揺しているのがわかった。そこにすかさずつかつかと近づき、化粧中の彼女たちの前に立ち睨みつけた。

「その口紅の色も、マスカラでバサバサのまつげも、何重にも塗りたくった地層になっていそうな顔も、全部副社長のお嫌いなものばかりですね。彼の秘書になりたかったら、まずはメイクから変えるべきでは? まぁ、素材に問題があればそれも厳しいでしょうけれど」

 手を洗いながら言い放つ。相手はいきなりのことで驚いて言葉にならないようだ。

「では、失礼します」

 にっこりとほほ笑み、トイレを出た。扉が開く瞬間、女性の金切り声で何か言っているのが聞こえたがそれを無視して廊下に出た。

 社員やマスコミから、あらぬ噂を立てられることは慣れている。そういった輩は無視するに限る。理解しているけれど、今回はどうにも我慢ができない。

 イライラしながら廊下を歩いていると「乾さん」と呼び止められた。まだ呼ばれ馴れておらず、気が付くまで数歩歩いたがハッとして足を止めると、パタパタと小走りで追いかけてくる石丸さんがいた。
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