副社長と秘密の溺愛オフィス
「でも、四葉商事の彼は誠実そうでしたよ。副社長と違って」

「はぁ? 俺だって――いや副社長も誠実ですよ?」

 思わず引きつりそうになる顔を何とか耐えた。社内の噂ではあまりよく思われていないのも知っていたが、明日香を秘書にして三年間、修行僧のような生活を送ってきたのに、まだその噂が生きていたとは。人の噂も七十五日とか完全に嘘だな。

「あはは……もう冗談言って! でも、今回は彼にあきらめてもらいましょうか。乾さん、あんなイケメンの副社長と一緒にいたら、他の男なんて目に入らないでしょう。それに、仕事一筋ですもんね」

「えぇ、そうなの。丁寧にかつ〝しっかり〟お断りしておいてね」

「はい。では、失礼します」

 こちらに来た時と同じように小走りで去っていった。

「はぁ……あいつも色々大変だな」

 女の世界ってこんなに大変なんだな。俺の秘書になったときに嫌がらせの類を受けていたのは知っていたが、三年経過して彼女の実力が俺だけでなく周囲にも認められた今でも、こんなに風当たりが強いとは思っていなかった。いつも冷静に、そして時に笑顔で仕事をこなす彼女の置かれている立場を、こうやって入れ替わってやっと理解したように思う。

 スーツのポケットに入れているスマートフォンが震える。ディスプレイには明日香の名前。

「もしもし」

『副社長――大変です。社長が今から副社長室に来られるそうです。早く戻ってきてください』 

 どうやら急な予定にパニックになっているようだ。さんざん〝紘也〟と呼ぶように訓練させたのに、呼び方が〝副社長〟に戻ってしまっている。

 とにかく早く戻らなくては。慣れないヒールによろめきながら、大股で副社長室に戻ったのだった。
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