副社長と秘密の溺愛オフィス
「いえ、あの、誤解なんです。そもそもわたし、あたのことよく知らなくてーー」 

 言葉にして、しまったと思った。が、時既に遅し。

――バッチーン!

 大きな破裂音と共に、頬に衝撃が走る。目の前に火花がちってチカチカした。

「最低! このわたしに手も出してこないなんて、不能なんじゃないの⁉ そんな男こっちから願い下げよ」

 痛みと迫力に押されて、言葉が出ず口をパクパクとするしかできない。

 そんな態度のわたしにますます怒りを大きくしたAKIKOさんが、もう一度ネクタイを掴み直すとぐいっと顔を近づけてきた。そしてニヤッと笑う。次の瞬間――。

「んーーーっんんんっ! ぶはっ」

 濃厚な香水の香りをともなって、官能的な唇にキスされた。ぐいぐいと唇を押し付けられ、目を白黒させる。

 ほんの数秒だったけれど、その衝撃たるやわたしの頭を真っ白にした。片や目の前の女性は満足そうに微笑んだ。

「最後にキスくらい、いいでしょう? ごちそうさまでした」

 ニコッと笑う姿は、先ほどまでの般若の姿など想像できないほど美しい。コレが女優というものなのか。

 カツカツとヒールの音を響かせて、来た時と同じように扉の派手な音を立てて出ていった。

 ほんの週十分の嵐のような出来事に、呆然とするしかない。
< 80 / 212 >

この作品をシェア

pagetop