あなたの手
「あの、頼んでないですよ? 間違えて・・・・・・」
「あちらのお客様からです」

 視線の先には注目を集めている男が紗保を見ている。
 どうして彼がこんなことをするのか考えていると、男はグラスを片手にこちらの席までやってきた。

「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あっ・・・・・・」

 突然のことに戸惑い、周りを見渡した。
 周囲にいる女性客達の表情が先程と違って、怖くて下を向いた。

「お兄さん、向こうで一緒に飲みましょうよ!」

 派手な格好をした女性が彼の腕を掴んで誘っている。
 しかし彼はそれを断ったので、彼女は不満そうにしながら離れた。
 置いていた荷物をテーブルの下に置いて彼を見上げると、にっこりと微笑んだ。

「どうぞ」

 彼が頼んだカクテルを飲むよう促されて、それを少し飲んだ。

「美味しい・・・・・・」

 初めて飲むカクテルなので、ドキドキしながら口に含んだ。
 飲みやすくて飲み続けていると、すぐに空っぽになってしまった。

「ここで会うのは初めてですね」
「えっと・・・・・・?」

 前にどこか違う場所であったような言い方だ。
 だけどどこであったのか思い出せずにいると、彼が口を開いた。

「俺、何度も植仲さんと会っているんですよ」
「嘘・・・・・・」

 彼と会った記憶が全然ない。
 会ったことがあるとするなら会社ではないだろう。
 何度も会っているのなら記憶しているはずなのに、どうして思い出せないのか。
 思い出そうとしていると、手の甲を人差し指で軽く叩かれた。

「険しくなっていますよ」

 くすくすと笑われて恥ずかしくなった。
 俯こうとすると彼の手が頬を包み込んだ。

「・・・・・・近々また会えます」
「どうしてわかるんですか?」

 それは次会ったときに教えると言われ手を握られた。
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