クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
 おずおずと彼の背中に腕を回すと、幹弥はそっと私を解放して、額を合わせる。ようやくここで、彼が眼鏡をしていないことに気づいた。

 私の頬に張りついた髪を耳にかけて、大きな手を滑らせると、彼は切なそうに顔を歪める。

「どうして、言わなかった?」

 責める、というよりも悲しそうな声。意味がわからずにいると、幹弥は再び唇を動かした。

「……なんで、ナイトが死んだこと、俺には言わなかったんだ!」

 変わらないはずなのにシャワーの音が大きく耳につく。幹弥の顔は珍しく必死さが滲んでいた。

「江頭に聞いた。優姫が初めてここに来た日の一週間前に死んだってこと。『ユウは平気だ』ってあいつは笑ってたけど、そんなわけないだろ。なんであいつには話せて、俺には……」

 そこで言葉を詰まらせる幹弥に私は伏し目がちになる。どうしてこのタイミングで知られてしまったんだろう。

 ナイトは年齢も年齢で、ずっと弱っていた。病院に行ってもどうすることもできなくて、心配で直帰する日々。あの日もそうだった。

 少し仕事が立て込んで、帰りが遅くなった金曜日。帰ったときには、ナイトはいつも寝ているお気に入りのクッションから、ふらふらになりながら、玄関の方に来ていた。

 もう息も絶え絶えで、なにもできないことに絶望しながら、ナイトは私の膝で眠るように息を引き取った。

 悲しいのに、つらいのに、涙も出なくて。空っぽだった。それでも週が明けて、いつも通り仕事が始まって、なにも感じないまま淡々と過ごして。

 なにげなく出会った一馬に話したけれど、反応は普通だった。悲しんでほしいとか、心配してほしいとか、そんな感情もない。
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