クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
「いいよ」

 ふと、聞こえてきた言葉に耳を疑い、私は思わず顔を上げた。すると彼は、小さな子どもに言い聞かせるように両手で優しく私の頬に触れる。

「いいんだよ、優姫。利用でも、なんでも。それで優姫の気が少しでも紛れたなら、慰められたのなら」

 そこで幹弥は笑った。いつものシニカルな笑みではなく、つらそうに顔を歪めている。

「よかった。その相手に嫌いな俺を選んでくれたこと」

 なんで、そんな表情――。

 私は頭を沈めて、責めるように幹弥の胸を両手で軽く叩いた。

「み、きや、こそ。私のこと、嫌いなくせに」

 シャワーが髪を濡らして、顔にも伝う。だから、頬を滑り落ちるものが、なんなのか自分でさえはっきりしない。耳の奥でくぐもるような流れる音は、まるで雨だ。

 嘘。嘘だよ。誰でもいいなんて。全部嘘。でも。

「十年前だって、今だって……本気じゃない、くせに。私のこと、からかって、見下して。ほかにも優しくする女性はいっぱいいて……また私の前から突然、消えるくせに」

 本気になれば馬鹿を見る。勘違いすれば蔑まれる。結果もわかっている。だから、思い知らせてよ。なにかを期待なんてさせることもなく、私のことが嫌いなんだって。じゃないと私……。

 優しくして、突き放して。触れて、踏み込まないで。そばにいて、拒絶して。
< 112 / 129 >

この作品をシェア

pagetop